株式会社Luupは2024年に総額44億円の資金調達を完了し、累計調達額が約214億円に達したことで、日本のマイクロモビリティシェア市場において圧倒的なリーダーとしての地位を確立しました。この資金調達は、エクイティとデットを組み合わせたハイブリッド型であり、特に三井住友銀行、みずほ銀行、商工組合中央金庫によるシンジケート型グリーンローンが採用されたことは、スタートアップ企業としては極めて画期的な事例となっています。電動キックボードや電動アシスト自転車のシェアリングサービスを展開するLuupは、「街じゅうを、駅前化する」というビジョンのもと、2025年までにポート数1万箇所を目指す大規模な事業拡大を計画しており、今回の44億円はその実現に向けた戦略的な投資資金として活用されます。2023年7月の道路交通法改正により16歳以上であれば免許不要で利用可能となったことで、マイクロモビリティ市場は急成長を続けており、Luupはこの追い風を受けて都市交通のラストワンマイルを担う社会インフラとしての存在感を高めています。

Luupの資金調達の全容と累計214億円の意味
株式会社Luupが2024年に実施した資金調達は、同社の成長戦略において重要な転換点となりました。今回調達した44億円の内訳は、第三者割当増資によるエクイティファイナンスと、シンジケートローンを含むデットファイナンスの組み合わせとなっています。この調達により、Luupの累計資金調達額は約214億円に到達し、日本のMaaS領域におけるスタートアップとしては突出した資本基盤を構築することに成功しました。
累計214億円という数字が持つ意味を理解するためには、マイクロモビリティシェア事業のビジネスモデルを把握する必要があります。シェアサイクル事業は典型的な装置産業であり、機体(電動キックボードや電動アシスト自転車)の台数とポート(貸出・返却拠点)の密度がユーザーの利便性に直結します。ユーザーは「乗りたい場所で借りられて、降りたい場所で返せる」サービスを求めるため、ポート数が多ければ多いほど利用頻度が高まり、それがさらなる収益につながるというネットワーク効果が働きます。したがって、この事業で競争優位を築くためには、機体の調達、ポートの開拓、アプリ開発、安全対策など、複数の投資を同時並行で進める必要があり、潤沢な資金力が不可欠となります。
Luupが214億円もの資金を調達できた背景には、事業の将来性に対する投資家の高い期待があります。2023年7月の道路交通法改正により、電動キックボードを含む特定小型原動機付自転車の利用環境が大幅に改善されたことで、市場の成長ポテンシャルは飛躍的に高まりました。投資家たちは、Luupが先行者利益を活かして日本市場を席巻できると判断し、巨額の資金を投じる決断をしたのです。
シンジケート型グリーンローンの採用が持つ革新性
今回の資金調達において最も注目すべき点は、デットファイナンスの手法としてシンジケート型グリーンローンが採用されたことです。グリーンローンとは、企業が環境問題の解決に資する事業への投資を目的として資金を調達する融資形態であり、通常の融資とは異なり、資金使途が「環境改善効果のある事業」に厳密に限定されます。さらに、第三者機関による環境性能の評価が必要であり、融資実行後も環境効果に関する定期的な報告が義務付けられるなど、高い透明性と管理能力が求められます。
スタートアップ企業がグリーンローンを組成することは一般的に困難とされています。その理由として、まず事業の持続可能性と環境性能を客観的な数値で証明しなければならないこと、次に複数の金融機関を取りまとめるシンジケート団を組成するためにメインバンクの強力な支援と各行の審査を通過する信用力が必要なこと、そして調達後のレポーティングに耐えうる社内ガバナンス体制が不可欠なことが挙げられます。
Luupが三井住友銀行、みずほ銀行、商工組合中央金庫というメガバンクおよび政府系金融機関からシンジケートローンを引き出せたことは、同社の事業が「環境インフラ」として金融市場から公的な認証を得たことを意味します。電動マイクロモビリティは、自動車に比べてCO2排出量が大幅に少なく、都市の脱炭素化に貢献する移動手段として評価されています。金融機関がLuupの事業をグリーンプロジェクトとして認定したことは、同社の環境貢献度が客観的に認められた証拠といえます。
グリーンローンを活用するメリットは複数あります。第一に、環境貢献度の高い事業に対する融資は、社会的意義の観点から通常の融資よりも好条件で実行されるケースがあり、調達コストの最適化が期待できます。第二に、エクイティのみに頼らずデットを組み合わせることで、既存株主の持分比率の希薄化を抑えながら巨額の資金を調達できます。第三に、グリーンローンの審査を通過した事実自体が、投資家やステークホルダーに対する強力なESGアピールとなり、将来的なIPOを見据えた際にも機関投資家からの評価を高める要因となります。
戦略的投資家の参画と事業シナジーの可能性
今回のエクイティファイナンスには、既存投資家に加えて新たな戦略的パートナーが参画しました。主な引受先として、アイティーファーム、SMBCベンチャーキャピタル、MLCベンチャーズ(三菱倉庫のCVC)、Osaka Metro、シン・インフラ ファンド by TOHOGAS、りそなアセットマネジメントなどが名を連ねています。
この投資家構成で注目すべきは、純粋な金融投資家だけでなく、事業会社のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)が多数参画している点です。特に、鉄道事業者であるOsaka Metro、倉庫・物流大手の三菱倉庫、エネルギー企業である東邦ガス関連のファンドなど、「インフラ企業」がこぞって出資していることは、Luupの事業フェーズが実証実験段階から社会実装段階へと完全に移行したことを示しています。
これらの戦略的投資家との提携は、単なる資金調達を超えた事業シナジーをもたらします。各社が保有するアセットやネットワークをLuupのポート展開に活用することで、サービスエリアの急速な拡大が可能となります。また、既存の公共交通機関やサービスとの連携により、ユーザーにとってよりシームレスな移動体験を提供できるようになります。
Osaka Metroとの資本業務提携がもたらす大阪市場の変革
Osaka Metroとの資本業務提携は、Luupの成長戦略において極めて重要な意味を持ちます。この提携の最大のポイントは、Osaka Metroが保有する全109駅の周辺にLUUPのポートを設置するという計画です。鉄道駅は都市交通の要ですが、駅から最終目的地までの「ラストワンマイル」には、従来は徒歩やタクシー、バスといった手段しかありませんでした。全駅にポートが設置されれば、地下鉄を降りたユーザーは駅を出てすぐに電動キックボードや電動アシスト自転車に乗り換え、目的地までシームレスに移動できるようになります。
物理的なポート設置に加え、デジタル面での統合も計画されています。Osaka Metroが提供するMaaSアプリ「e METRO」内で、Luupのサービスの予約や決済が可能になる見込みです。ユーザーにとっては、鉄道の運行情報や予約と同時に、駅からの二次交通手段も確保できることになり、Luupが単独のサービスから大阪の公共交通ネットワークの一部としてバンドルされることを意味します。
2025年に開催される大阪・関西万博を控え、大阪市内の移動需要は爆発的に増加すると予測されています。Osaka Metroは駅周辺の回遊性を高め、沿線価値を向上させるための「毛細血管」としてLuupを必要とし、LuupはOsaka Metroのインフラを活用して大阪という巨大市場における独占的なポジションを確立できます。まさにWin-Winの提携関係といえます。
三菱倉庫との協業が開く物流連携の新たな可能性
三菱倉庫のCVCであるMLCベンチャーズからの出資は、Luupのポート戦略に新たな次元をもたらします。協業の主眼は、三菱倉庫グループが保有する倉庫や物流施設、不動産アセットへのポート設置です。従来のLuupのポートはコンビニエンスストアやマンション、オフィスビルの軒先など小規模な空きスペースが中心でしたが、倉庫や物流施設は広大な敷地を有しており、数十台から数百台規模の機体を収容できる大規模ハブとしての機能が期待できます。これにより、機体の再配置(リバランス)や充電オペレーションの効率化が大きく前進します。
さらに注目すべきは、協業検討テーマに含まれる「物流とモビリティサービスの親和性」です。EC市場の拡大により都市内の小口配送需要が急増している現在、Luupの電動マイクロモビリティは人の移動だけでなく、将来的には「モノの移動」にも活用できるポテンシャルを秘めています。大型トラックで物流拠点まで運び、そこから先は電動キックボードやカーゴバイクを用いた小口配送を行うといったシナジーが想定されます。また、広大な物流倉庫内における従業員の移動手段としてLuupの機体を活用するなど、BtoB領域での利用拡大も視野に入っています。
急成長する電動マイクロモビリティ市場の規模と展望
Luupが巨額の資金調達を実施した背景には、日本および世界の電動マイクロモビリティ市場の急激な成長予測があります。市場調査レポートによれば、日本の電動スクーター市場は2024年時点で約21億9,000万米ドル(約3,000億円以上)の規模に達していると推計されています。そして2025年から2033年にかけて、年平均成長率(CAGR)10.8%という高い水準で成長を続け、2033年には約61億米ドル(約9,000億円規模)に達すると予測されています。
この成長を牽引する要因は複数存在します。燃料価格の高騰により経済的な移動手段へのシフトが進んでいること、都市部における移動効率を求めるニーズが高まっていること、CO2排出削減に向けた個人の環境意識が向上していること、そして政府による規制緩和や充電インフラ整備への支援が追い風となっていることなどが挙げられます。
特に日本市場においては、2023年7月の道路交通法改正が市場環境を一変させました。この改正により「特定小型原動機付自転車」という新たな区分が創設され、16歳以上であれば運転免許証なしで利用可能となりました。また、ヘルメットの着用は義務ではなく努力義務となり、利用の心理的ハードルが大幅に下がりました。さらに、最高速度6km/h以下であれば特定の条件下で歩道走行が可能となる特例も設けられています。
この規制緩和により、これまで「免許がないから乗れない」「ヘルメットを持ち歩くのが面倒」と敬遠していた層が一気にユーザーとして流入しました。Luupはこの法改正を見据えて事業を準備してきたため、規制緩和の恩恵を最大限に享受できるポジションにあります。
Luupが構築する競争優位性と参入障壁
市場の魅力度が増せば競合他社の参入も予想されますが、日本市場においてはLuupが圧倒的なシェアを誇っています。Luupの競争優位性は「ポートの密度」と「地権者との関係値」にあります。
シェアサイクルビジネスにおいて、ユーザーは「乗りたい場所にあり、降りたい場所で返せる」サービスを選びます。ポート数が多ければ多いほど利便性が高まり、ユーザーが集まるというネットワーク効果が働きます。Luupは既に数千箇所のポートを確保しており、今回調達した資金でさらに加速させる計画です。
後発企業が今から日本中のマンション管理組合やコンビニオーナー、鉄道会社と交渉し、数千箇所のポートを一から開拓することは時間的にもコスト的にも極めて困難です。この「不動産ネットワークの先行者利益」こそがLuupの最大の参入障壁となっています。海外ではBirdやLimeといった大手プレイヤーが存在しますが、日本市場特有の不動産取引慣行や地権者との関係構築において、Luupは他社の追随を許さない地位を築いています。
2025年ポート数1万箇所達成に向けた具体的戦略
Luupは2025年までにポート数を1万箇所に拡大する目標を掲げています。1万箇所という数字は、日本の主要なコンビニチェーンの店舗数に匹敵する規模感であり、都市部においてコンビニを見つけるのと同じくらいの頻度でLUUPのポートが見つかる状態を目指しています。
これを実現するために、Luupはウェブサイト上で「ポート設置リクエスト」を広く募集しています。空きスペースを持つ不動産オーナーに対し、設置費用・維持費用ゼロで導入でき、デッドスペースの収益化や物件価値の向上につながる点を訴求し、設置を加速させています。また、今回の資金調達で提携したOsaka Metroの109駅や三菱倉庫の物流施設など、戦略的パートナーのアセットを活用することで、効率的なポート展開を実現します。
これまでのLuupは東京、大阪、京都、横浜といった大都市圏を中心に展開してきましたが、今後は地方都市や観光地への展開が強化される見込みです。法改正により免許不要となったことで、観光客が旅先で気軽に利用できる「観光モビリティ」としての需要が急増しています。レンタカーを借りるほどではない近距離の移動や、駅から観光スポットへのアクセス手段として、LUUPは最適な選択肢となります。
ユーザーは普段住んでいる東京で使っているLUUPアプリを、旅行先でもそのまま使うことができます。会員登録や決済情報の入力が不要なため利用障壁が極めて低く、この利便性がLuupを都市の通勤通学インフラから全国規模の移動プラットフォームへと進化させる原動力となっています。
機体とテクノロジーの進化への投資
調達した資金の一部は、機体の改良と安全技術の研究開発にも充てられます。現在のキックボード型は若年層の利用が中心ですが、Luupは「すべての人が安全に移動できる」ことを目指しており、高齢者でも乗りやすい3輪タイプや座席付きの新しいモビリティの開発を進めています。
位置情報技術の高度化も重要な投資領域です。ポートへの正確な返却判定や放置自転車問題の解決のために、GPS精度の向上やIoTモジュールの改良が進められています。また、ジオフェンシング技術の実装も計画されており、特定のエリア(歩行者天国や公園内など)に入ると自動的に速度が落ちたり、走行不能になったりするシステムにより、地域の安全を守る技術開発が進んでいます。
安全対策と社会的受容性の獲得への取り組み
急激な普及に伴い、安全性やマナー違反に関する懸念の声も上がっています。警察庁のデータによれば、特定小型原動機付自転車に関連する事故は増加傾向にあり、2024年上半期の統計では飲酒運転による事故などが東京を中心に発生しています。交通違反の検挙数も報告されており、一時不停止や歩行者妨害などが主な違反内容となっています。
こうした状況に対し、Luupは調達資金を活用して安全対策を強化する姿勢を鮮明にしています。具体的には、アプリ内での交通ルールテストの義務化や定期的な安全講習会の開催による啓発活動の徹底、悪質な違反者に対するアカウント凍結措置などの運用厳格化、ジオフェンシング技術を活用した物理的な違反防止システムの導入、ポートの区画線を明確にする工事や返却時の写真撮影によるチェック機能の強化などが実施されています。
Luupは単に機体を展開するだけでなく、「安全・安心」を担保するためのコストを惜しまない姿勢を示すことで、行政や地域住民からの信頼を勝ち取ろうとしています。社会的受容性(ソーシャル・ライセンス)の獲得は、資金調達以上に重要な経営課題として認識されています。
日本の都市交通が直面する課題とLuupの役割
日本の都市交通は現在、複数の深刻な課題に直面しています。少子高齢化による公共交通の維持困難、都市部におけるラストワンマイルの断絶、そして脱炭素社会への移行要請といった課題に対し、Luupが提供する電動マイクロモビリティのシェアリングサービスは有効な解決策となりえます。
特にラストワンマイル問題は深刻です。日本の鉄道網は世界的に見ても高密度で発達していますが、駅から最終目的地までの移動手段は限られています。徒歩では時間がかかり、タクシーは高額、バスは本数や路線が限られるという状況の中、電動マイクロモビリティは手軽かつ経済的な選択肢として注目されています。
Luupは「街じゅうを、駅前化する」というビジョンを掲げ、既存の鉄道網を補完する都市の毛細血管としての役割を果たすことを目指しています。駅を中心に整備されたポートネットワークにより、これまで駅から離れていて不便だった場所も、電動キックボードや電動アシスト自転車で数分の距離となります。これにより、都市全体の移動効率が向上し、人々の行動範囲が広がることが期待されています。
ESG経営とサステナビリティへの貢献
Luupの事業は、ESG(環境・社会・ガバナンス)の観点からも高い評価を受けています。環境面では、電動モビリティの普及により自動車利用を減らし、CO2排出量の削減に貢献しています。グリーンローンの審査を通過したことは、この環境貢献が客観的に認められた証拠です。
社会面では、ラストワンマイル問題の解決により都市住民の生活利便性を向上させ、高齢者や免許を持たない若年層にも新たな移動手段を提供しています。また、観光地での展開により地域経済の活性化にも寄与しています。
ガバナンス面では、グリーンローンの要件を満たすための社内体制整備が進み、サステナビリティ経営の基盤が構築されています。定期的な環境効果のレポーティングが義務付けられることで、透明性の高い経営が実現されています。
これらのESG要素は、将来的なIPOを見据えた際に機関投資家からの評価を高める要因となります。世界的にESG投資が拡大する中、Luupの事業モデルは投資家にとっても魅力的な投資先として認識されています。
スタートアップから社会インフラへの進化
今回の44億円の資金調達、そして累計214億円という到達点は、Luupがもはや「面白そうなガジェットを提供するベンチャー企業」ではないことを証明しました。大手金融機関が環境性能を認めて融資を行い、鉄道会社や倉庫会社が自社のアセットを開放して提携する姿は、Luupが日本の都市機能の一部として不可欠な社会インフラになりつつあることの現れです。
Luupはこれまでに西武グループや東急といった大手私鉄とも資本業務提携を行っており、特定の企業グループの色に染まるのではなく、あらゆるインフラ企業と手を組んで社会全体の「公共財」となることを目指しています。東邦ガスとの連携においては、電動モビリティの動力源である電力に関するシナジーが期待され、将来的には再生可能エネルギー由来の電力を用いた充電ポートの整備など、カーボンニュートラルに向けた取り組みが加速する可能性があります。
Luupの挑戦が描く未来の都市像
2025年に向けて、Luupのポートは1万箇所に達し、街の景色は大きく変わることが予想されます。駅を出ればそこにLUUPがあり、マンションの入り口にも、オフィスの前にも、コンビニの横にもLUUPがある。スマートフォン一つで、待つこともなく、汗をかくこともなく、自由に街を移動できる未来が現実のものとなりつつあります。
一方で、その実現には「安全」という大きな課題を乗り越える必要があります。技術革新とユーザーのモラル向上、そして法規制の適切な運用が噛み合った時、日本の都市はより自由で、より環境に優しく、より活気のある空間へと生まれ変わることでしょう。
Luupの挑戦は単なる一企業の成長物語ではなく、日本の都市のあり方を再定義する壮大な社会実験でもあります。投資家たちが投じた44億円は、その未来への期待の表れであり、マイクロモビリティシェアが日本の都市交通の標準となる日も遠くないかもしれません。


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