2025年10月3日、国家公安委員会は日本初となる水素アシスト自転車「YOUON JAPAN U200」に型式認定番号「交N25-92」を付与しました。この認定取得は、水素燃料電池を搭載した自転車が法的に「駆動補助機付自転車」として認められた画期的な出来事であり、日本の脱炭素社会実現に向けた新たな一歩となりました。YOUON JAPAN U200が型式認定を取得できた経緯には、中国の親会社である永安行科技での数年にわたる技術開発と量産実績、高圧ガス保安法の適用を回避する1MPa未満の低圧水素吸蔵合金技術の採用、2025年大阪・関西万博での実証運用、そして日本の上場企業である株式会社イクヨとの資本業務提携という複合的な要因が存在します。本記事では、水素アシスト自転車という革新的なモビリティがどのようにして日本の厳格な規制をクリアし、型式認定を勝ち取ったのか、その技術的背景から戦略的な市場参入の経緯まで詳しく解説します。

水素アシスト自転車とは何か
水素アシスト自転車とは、従来のリチウムイオンバッテリーに代わり、水素燃料電池を動力源として採用した電動アシスト自転車のことです。一般的な電動アシスト自転車がバッテリーに蓄えた電力でモーターを駆動するのに対し、水素アシスト自転車は水素と酸素の化学反応によって発電し、その電力でモーターを動かす仕組みとなっています。
水素燃料電池の最大の特徴は、エネルギー補給の速さにあります。リチウムイオンバッテリーの場合、フル充電までに3時間から6時間程度の時間を要しますが、水素アシスト自転車では水素カートリッジを交換するだけで済むため、わずか約5秒でエネルギー補給が完了します。この圧倒的な利便性は、稼働率が収益に直結するシェアサイクル事業者やデリバリーサービス、物流業者にとって革命的なメリットとなり得るものです。
また、水素燃料電池から排出されるのは水のみであり、二酸化炭素を一切排出しないゼロエミッション性能を持っています。気温低下による性能劣化が大きいリチウムイオンバッテリーとは異なり、水素燃料電池は寒冷地でも安定した性能を発揮できる特性があります。さらに、リチウムイオンバッテリーは充放電サイクルを重ねることで徐々に劣化しますが、燃料電池は適切にメンテナンスすれば長期間にわたって性能を維持できるという長所もあります。
YOUON JAPANとは
YOUON JAPAN株式会社は、2024年4月に設立された日本法人であり、中国の江蘇省常州市に本拠を置く永安行科技(Youon Technology)を親会社とするモビリティ企業です。親会社の永安行科技は、もともと中国国内で自転車シェアリングサービスの大手事業者として知られており、数百万台規模のシェアサイクルを運営してきた実績を持っています。
永安行科技がシェアサイクル事業を展開する中で直面したのが、リチウムイオンバッテリーの管理に関する課題でした。シェアサイクル事業では、バッテリーの充電のために車両を回収したり交換したりする手間が大きな運用コストとなります。特に冬季には放電が進みやすく、バッテリー管理の負担がさらに増大するという問題を抱えていました。これらの課題を解決するため、同社は2018年頃から水素燃料電池の研究開発に着手し、より効率的なエネルギー供給システムの実現を目指してきました。
2023年には、永安行科技は折りたたみ式の水素燃料電池自転車のプロトタイプを完成させ、常州市において1,000台規模の水素自転車を投入する実証実験を開始しました。この段階で、すでに年間5万台の燃料電池生産能力を持つ製造ラインが稼働しており、翌年には20万台体制への拡大も計画されていました。また、永安行科技は中国自転車協会および関連企業11社とともに「水素アシスト自転車の一般的技術要件」の策定にも参画し、2023年10月22日に正式に実施された中国国内基準の整備に貢献しました。
このように、YOUON JAPANの日本市場参入は、親会社での数年にわたる技術開発と数万台規模の量産実績という強固な基盤の上に立ったものであり、突如として現れた新興企業の製品ではないことがわかります。
U200の主要スペックと技術的特徴
YOUON JAPAN U200は、24インチタイヤを採用した後輪駆動の水素燃料電動アシスト自転車です。型式認定番号は「交N25-92」および「交A25-86」であり、国家公安委員会から正式に駆動補助機付自転車として認められています。
U200の動力源となるのは固体高分子型燃料電池、いわゆるPEM燃料電池と呼ばれるタイプです。水素吸蔵合金カートリッジから供給された低圧水素は、大気中の酸素と化学反応を起こして発電します。生成された電力は一時的にバッファに蓄えられるか、または直接モーターへ供給され、後輪に搭載されたハブモーターを駆動する仕組みとなっています。
水素カートリッジの型式は「C390-60B」などが使用されており、サイズは長さ約25センチメートル、直径約60ミリメートルと、500ミリリットルのペットボトルより一回り大きい程度のコンパクトな設計です。このカートリッジ1本で約200リットルの水素ガスを貯蔵でき、航続距離は約50キロメートルから60キロメートルを実現しています。カートリッジの交換は工具不要で行え、交換時間はわずか約5秒という手軽さです。
日本の型式認定を取得するためには、道路交通法に定められた駆動補助機付自転車の基準を厳密に満たす必要があります。具体的には、人力1に対して電力補助が最大2までというアシスト比率の制限、時速24キロメートルに達した時点で補助が0になるという速度制限、そしてペダルを漕ぐのを止めれば即座に補助が停止するという連動性の要件です。海外仕様の電動バイクにはスロットル操作だけで走行できるフル電動タイプも多く存在しますが、U200は日本の法規制に合わせてトルクセンサーによる精密なペダリング検知とアシスト制御プログラムを実装し、これらすべての基準をクリアしています。
型式認定取得を可能にした低圧水素吸蔵合金技術
YOUON JAPAN U200が日本の型式認定を取得できた最大の技術的要因は、1MPa未満の低圧水素吸蔵合金を採用した燃料貯蔵システムにあります。この技術的選択が、日本の厳格な高圧ガス保安法の規制をクリアする鍵となりました。
日本において水素モビリティを普及させる際に最大の障壁となるのが高圧ガス保安法です。一般的な燃料電池自動車で使用される水素タンクは、35MPaから70MPaという極めて高い圧力で圧縮水素を貯蔵しています。この圧力帯では、容器の製造から検査、充填、運搬のすべてにおいて厳格な有資格者の配置と保安基準の遵守が義務付けられます。日常的な乗り物である自転車に、このような重厚な保安体制を適用することは現実的ではありません。
過去に日本国内で開発が試みられた水素自転車の事例では、高圧複合容器を使用していたために、公道走行には経済産業大臣の特認が必要となり、実証実験の域を出ることが困難でした。つまり、従来の高圧水素方式では、法的に「自転車」として一般販売することは事実上不可能だったのです。
これに対し、YOUON JAPANが採用した水素吸蔵合金方式は、根本的に異なるアプローチをとっています。水素吸蔵合金とは、特定の金属や合金が持つ結晶構造内に水素原子を取り込む、いわゆる化学吸着の性質を利用した貯蔵技術です。物理的にガスを高圧で圧縮するのではなく、合金の内部に水素を吸い込ませる方式のため、内部圧力を大幅に抑えることが可能となります。
U200に採用されたカートリッジの最大の特徴は、内部圧力が1MPa未満に設計されている点です。日本の法令において、1MPa未満のガスは高圧ガスの定義から外れるか、あるいは規制が大幅に緩和される領域に該当します。YOUON JAPANは製品設計段階でこの圧力を超えないよう合金の特性を調整し、さらに安全弁などの保護機構を組み込むことで、高圧ガス保安法の適用外となる製品区分を実現しました。これにより、一般消費者が免許や資格なしにカートリッジを交換したり運搬したりすることが法的に可能となっています。
圧力は低いものの、水素吸蔵合金は体積の500倍以上の水素を貯蔵できる能力を持っています。また、合金に吸蔵された水素は、加熱や減圧を行わない限り急激に放出されない特性があります。万が一の事故で容器が破損した場合でも、高圧ガスタンクのように爆発的にガスが噴出するリスクが極めて低く、この本質安全設計が国家公安委員会の安全性審査において有利に働いたと考えられます。
2025年大阪・関西万博での実証運用
YOUON JAPAN U200の型式認定取得を後押しした重要な要因の一つが、2025年4月から開催された大阪・関西万博での実証運用です。万博会場は、YOUON JAPANにとって単なる製品展示の場ではなく、規制当局に対する大規模なプレゼンテーションの機会として戦略的に活用されました。
YOUON JAPANは万博会場の運営スタッフ用移動モビリティとして、水素アシスト自転車のY800、Y900、S100などのモデルおよび水素生成・充填一体機を提供しました。公道ではない万博会場内、あるいは特定の管理区域での運用は、法的なグレーゾーンを回避しつつ実際の使用データを収集する絶好の機会となりました。スタッフが日常業務で水素アシスト自転車を使用し、会期中を通じて事故なく安全に運用されたという実績は、その後の型式認定審査において安全性の実証データとして機能したと考えられます。
また、単に自転車だけを提供したのではなく、太陽光パネルで発電し水を電気分解して水素を生成する充填機をセットで導入したことも注目すべき点です。これにより、二酸化炭素排出ゼロとエネルギーの地産地消という万博のSDGsやSociety 5.0のテーマに合致した提案が実現し、環境配慮型モビリティとしての価値を明確に示すことができました。
万博という国家規模のイベントで実際に運用された実績は、技術の信頼性と安全性を証明する強力な根拠となります。海外製の新技術製品がいきなり日本の公道での型式認定を取得することは通常であれば極めて困難ですが、万博での実証運用という実績があったことで、審査機関に対する信頼性の担保として大きく機能したと推測されます。
株式会社イクヨとの資本業務提携
YOUON JAPAN U200の型式認定取得において、もう一つの重要な要因となったのが、日本の上場企業である株式会社イクヨとの戦略的提携です。規制産業である日本のモビリティ市場において、外資系スタートアップが単独で参入する場合、社会的信用力の面で不利になることがあります。この課題を解決するために、YOUON JAPANは日本企業との提携という戦略を選択しました。
株式会社イクヨは、東京証券取引所スタンダード市場に上場する自動車部品メーカーであり、証券コードは7273です。自動車の内装部品などを手掛ける同社にとって、脱炭素社会に向けた新規事業の柱として水素モビリティは魅力的な分野でした。2025年2月および6月の発表によれば、イクヨはYOUON JAPANとの業務提携を締結し、さらには子会社化の合意に至っています。
この提携によりYOUON JAPANが得たメリットは多岐にわたります。上場企業であるイクヨが持つ品質管理のノウハウ、確立されたサプライチェーン、そして何より日本の産業界における社会的信用力は、型式認定取得プロセスにおいて極めて有利に働いたと推測されます。特に、日本の官公庁や検査機関との折衝において、日本企業のバックアップがあることは大きな意味を持ちます。
一方、イクヨにとっても、電気自動車化の進展に伴い従来の自動車部品事業の先行きに不透明感がある中で、水素モビリティという成長分野への参入は事業ポートフォリオの多角化として戦略的価値がありました。YOUON JAPANが持つ水素燃料電池技術と量産実績、そして中国市場での運用ノウハウは、イクヨが単独では獲得困難な資産です。
このように、万博での実績と日本企業の信用という二つの要素が揃ったことで、2025年10月の型式認定取得は確実なものとなりました。技術的に優れた製品であっても、市場参入には技術以外の要素が重要であることを示す好例といえます。
型式認定取得の意義と市場への影響
2025年10月3日に付与された型式認定番号「交N25-92」は、U200が法的に駆動補助機付自転車、すなわち電動アシスト自転車として扱われることを意味します。この認定が持つ市場的な意義は非常に大きいものがあります。
もし型式認定が取れず原動機付自転車、いわゆる原付扱いとなっていた場合、運用に際して多くの制約が発生していたでしょう。具体的には、運転免許証の携帯義務、ヘルメットの着用義務(自転車は努力義務ですが原付は罰則付きの義務となります)、歩道走行の禁止、ナンバープレートの取得と自賠責保険への加入といった要件が課されることになります。これらの制約は、一般消費者への普及を大きく阻害する要因となり得ました。
型式認定を取得したことで、U200は既存のリチウムイオンバッテリー式電動アシスト自転車と全く同じルールで運用可能となりました。購入した消費者は、免許なしでそのまま公道を走行でき、歩道の走行も条件付きで認められます。この導入障壁の低さは、B2B市場における配送業者やシェアサイクル事業者にとっても、B2C市場における一般消費者にとっても、水素アシスト自転車を選択する際の大きな後押しとなります。
従来のリチウムイオン電池式電動自転車と比較した場合、U200には明確な優位性があります。エネルギー補給時間の圧倒的な短さに加え、気温低下による性能劣化が少ないこと、バッテリー劣化の問題がないこと、そして廃棄時の環境負荷が低いことなどが挙げられます。特に、停電時でも水素カートリッジの備蓄があれば発電や走行が可能という点は、災害対応の観点からも注目に値します。
今後の展開と水素社会への貢献
型式認定取得により、2026年以降は日本国内での本格的な販売とインフラ整備が加速すると予想されます。YOUON JAPANが提唱する水素生成・充填一体機がコンビニエンスストアや事業所、公共施設などに設置されれば、巨大な水素ステーションに頼らない自律分散型のエネルギー供給網が形成される可能性があります。
水素カートリッジのサブスクリプションサービスや、自動販売機によるカートリッジ交換サービスなど、従来のガソリンスタンドや充電ステーションとは異なるビジネスモデルの出現も期待されます。カートリッジ交換式という特性は、既存のインフラに大規模な設備投資を行うことなく、比較的小規模な投資で水素供給網を構築できる可能性を示唆しています。
U200の型式認定取得は、日本の水素戦略におけるラストピースを埋める出来事といえます。これまで水素エネルギーは、大規模発電所や大型トラック、あるいは高級乗用車である燃料電池自動車といった重厚長大な分野での議論が中心でした。しかし、U200は1MPa未満の低圧水素吸蔵合金という技術的アプローチによって、最も身近な移動手段である自転車に水素エネルギーをもたらすことに成功しました。
この製品は単なる自転車ではありません。水素を危険で扱いにくい特殊なガスから、誰もが手軽に使える日常のエネルギーへと変えるための、社会受容性を醸成する触媒としての役割を担っています。一般消費者が日常的に水素エネルギーに触れる機会が増えることで、水素に対する心理的なハードルが下がり、将来的にはより大規模な水素利用への社会的な受容につながることが期待されます。
日本の規制環境と今後の課題
水素アシスト自転車が日本市場で本格的に普及するためには、まだいくつかの課題が残されています。まず、水素カートリッジの流通インフラの整備が必要です。現時点では、カートリッジを入手できる場所が限られており、利便性の面でリチウムイオンバッテリー式に劣る部分があります。家庭用コンセントで充電できるリチウムイオン式と比較すると、水素カートリッジは専用の供給拠点を確保する必要があるためです。
また、カートリッジのコストと供給体制の確立も重要な課題です。水素吸蔵合金カートリッジは高度な技術を要する製品であり、現時点での製造コストは決して安くありません。普及に伴う量産効果によるコスト低減と、リサイクルシステムの確立が求められます。使用済みカートリッジを効率的に回収し、水素を再充填して再利用するサイクルを構築することで、経済的にも環境的にも持続可能なシステムとなります。
さらに、消費者への認知度向上も課題の一つです。水素燃料電池という技術自体は燃料電池自動車などで知られていますが、自転車に搭載された小型の水素システムについては一般消費者の認知度がまだ低い状況です。安全性や利便性に関する正確な情報発信と、実際に体験できる機会の創出が普及促進には欠かせません。
まとめ
YOUON JAPAN U200の型式認定取得は、複数の要因が重なり合った結果として実現しました。中国の親会社である永安行科技での数年にわたる技術開発と量産実績による技術的成熟、高圧ガス保安法の適用を回避する1MPa未満の低圧水素吸蔵合金技術の採用、2025年大阪・関西万博という国家プロジェクトでの実証運用による安全性の証明、そして日本の上場企業である株式会社イクヨとの資本業務提携による信用力の獲得という、極めて緻密な戦略の上に成り立っています。
2025年10月3日という日付は、日本が真の水素社会へと歩み出した重要な転換点として記憶されることになるでしょう。水素エネルギーを最も身近な乗り物である自転車に搭載することに成功したことで、水素は一部の専門家や大企業だけのものではなく、一般市民の日常生活に入り込む存在となりました。今後の販売展開とインフラ整備の進展に注目が集まります。


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