カンパニョーロが2025年夏に発表したSuper Record 13速ワイヤレスは、従来の12速システムを大きく進化させた次世代プラットフォームとして注目を集めています。このシステムの最大の特徴は、既存のカンパニョーロコンポーネントとの互換性を確保しながら、ロードバイクからグラベルバイクまで幅広い用途に対応できる拡張方法が用意されている点にあります。N3Wフリーボディ規格への対応やファームウェアアップデートによる世代間ブリッジ機能により、12速ワイヤレスユーザーもレバー交換だけでサムシフターの復活という恩恵を受けることが可能です。また、SR13プラットフォームはロード用、オールロード用、グラベル用の3種類のリアディレイラーを共通のシフターで制御できるモジュール構造を採用しており、ライダーの走行スタイルに合わせた柔軟なシステム構築が実現できます。本記事では、カンパニョーロ Super Record 13速の技術的特徴から、既存コンポとの互換性の詳細、そして具体的な拡張方法まで、導入を検討しているサイクリストが知っておくべき情報を網羅的に解説していきます。

カンパニョーロ Super Record 13速の技術的特徴と設計思想
13速化がもたらすギアレシオの革命
カンパニョーロがSuper Recordで13速を採用した背景には、ロードバイクのドライブトレインが長年抱えてきた課題の解決があります。従来の12速システムでは、ワイドなギアレンジとクロスレシオの両立が難しく、ヒルクライム対応のために11-34Tといったワイドカセットを選択すると、中間ギアで歯数差が大きくなり、ケイデンスの急激な変化を余儀なくされる場面が生じていました。
Super Record 13速プラットフォームでは、13枚目のスプロケットを追加することで、この長年のジレンマに対する明確な解答を示しています。新たに設定された10-29Tカセットでは、10Tから16Tまでがすべて1歯刻みで構成されており、平坦路での巡航から緩斜面への変化においても、ライダーは生理学的に最適なケイデンスを維持し続けることができます。これは単なる段数の増加ではなく、人間の出力特性に合わせた生理学的インターフェースの進化といえるものです。
さらに、最小スプロケットに10T、グラベル用には9Tを採用することで、チェーンリングの小型化が可能になりました。この設計変更により、システム全体の軽量化と剛性向上が実現し、Qファクターの最適化にも貢献しています。
独自ワイヤレスプロトコルによる高速変速の実現
Super Record 13速の中核を成すのは、カンパニョーロが独自に開発したワイヤレス通信プロトコルです。プロレースの現場では、パワーメーター、心拍センサー、車載カメラ、無線機、観客のスマートフォンなど、無数の電波が飛び交う過酷なRF環境となりますが、この独自プロトコルは軍事レベルの耐干渉性を備えており、変速信号が途切れたり遅延したりすることがありません。
具体的な通信設計としては、シフターとディレイラー間は低遅延の独自プロトコルで通信し、スマートフォンアプリ「MyCampy 3.0」やサイクルコンピューターとの通信にはBluetoothおよびANT+を使用するデュアルプロトコル方式が採用されています。この設計により、前作のSuper Record Wireless 12速と比較して、多段変速で36%の高速化、シフトダウンで47%の高速化を達成しました。実際の数値としては、トップからローへの全段移動がわずか2.1秒、ローからトップへは1.9秒という驚異的なレスポンスを実現しています。
サムシフター復活とエルゴノミクスの進化
人間工学に基づいた親指レバーの再設計
Super Record 13速における最大のトピックは、エルゴパワー内側のサムシフターの復活です。前作の12速ワイヤレスでは空力特性やデザインの刷新を理由にサムシフターが廃止され、シマノDi2のような並列ボタン配置に変更されましたが、この変更は長年のユーザーから厳しい批判を受けることになりました。下ハンドルを握った状態での変速がしにくいという操作性の問題に加え、カンパニョーロのアイデンティティが失われたという声が多く寄せられたのです。
Super Record 13速で復活したサムシフターは、かつての機械式EPSレバーの単なる焼き直しではありません。現代の人間工学に基づき、配置と形状が完全に再設計されています。具体的には、レバーの位置が以前よりもわずかにハンドルバー側に寄せられ、下方向へ垂れ下がるような角度が付けられました。この改良により、手の小さなライダーやリーチの短いハンドルバーを使用している場合でも、ドロップポジションからのアクセスが劇的に向上しています。
操作感についても重要な改良が加えられており、電子スイッチ特有のクリック感のなさを排除し、明確な「カチッ」というフィードバックが得られるよう内部機構が見直されました。これにより、冬場に厚手のグローブを着用している状況でも確実な変速操作が可能となっています。
スマートボタンによるカスタマイズ機能
Super Record 13速のエルゴパワーには、シフトパドルの内側にスマートボタンと呼ばれる隠しスイッチが新たに搭載されました。ユーザーは「MyCampy 3.0」アプリを介して、このスマートボタンに任意の機能を割り当てることができます。右手のスマートボタンでサイクルコンピューターのページ送りを行ったり、ラップを記録したりすることが可能で、変速操作そのものを割り当てることもできます。
この機能により、トライアスロンやタイムトライアルにおいて、エアロポジションに近い姿勢のまま指先だけで操作を完結させるという運用も可能になりました。
N3Wフリーボディと互換性の詳細
13速化の要となるN3Wフリーボディ規格
Super Record 13速を導入する上で最も重要な前提条件となるのが、ホイールのフリーボディ規格N3W(Next 3 Ways)です。13速カセットは、従来の11速および12速用フリーボディには物理的に装着することができません。10Tや9Tという極小スプロケットを使用するためには、フリーボディの全長を短縮し、トップ側のギアをフリーボディの外側に配置する必要があるためです。
N3Wは、従来のカンパニョーロフリーボディと同じ溝形状を持ちながら、長さを4.4mm短縮した規格となっています。ここで重要なのは、N3Wが強力な後方互換性を持っているという点です。
既存のカンパニョーロユーザーにとって朗報なのは、現在市場に出回っている主要なホイールメーカーの多くが、すでにN3W対応の交換用フリーボディをラインナップしていることです。Campagnolo、Fulcrumはもちろん、DT Swiss、Mavic、Zipp、ENVEなど、多くのメーカーが対応製品を用意しています。概ね過去5年から6年以内のディスクブレーキ対応モデルであれば、フリーボディをN3W規格のものに交換するだけでSuper Record 13速カセットを装着可能になります。ホイールごと買い換える必要がないケースが大半であり、これは導入のハードルを大きく下げる要因となっています。
また、N3Wフリーボディのホイールに旧来の12速カセットや11速カセットを装着するためのアダプターも存在しており、ホイール資産を最新規格と旧規格の間で柔軟に運用することが可能です。
12速ワイヤレスユーザーのための互換性とアップグレードパス
12速ワイヤレスを既に使用しているユーザーにとって、カンパニョーロは異例のクロスジェネレーション互換を提供しています。2025年後半にリリースされたファームウェアアップデートにより、Super Record 13速のシフターと12速ワイヤレスのディレイラーをペアリングすることが可能になりました。
これは極めて重要な意味を持ちます。12速ユーザーは、ディレイラーやカセット、チェーンといった高価な駆動系パーツをそのまま維持しつつ、レバーだけをSuper Record 13速に交換することで、待望のサムシフターと向上したエルゴノミクスを手に入れることができるのです。
ただし、この組み合わせでは変速段数は12速のままとなります。また、逆に12速ワイヤレスのレバーで13速のディレイラーを動かすことは公式には推奨されておらず、機能制限がかかる場合があります。ペアリングを行う際は、MyCampyアプリを使用して、全てのコンポーネントのファームウェアを最新版(Ver 2.1.4以降)にアップデートする必要があります。
Ekar 13速とのカセット互換性に関する注意点
カンパニョーロには既に機械式13速グラベルコンポであるEkarが存在します。同じ13速で同じN3W規格であることから、カセットの共用が可能と考えるのは自然ですが、技術的には互換性がないと明確に示されています。
その理由は変速システムの物理的特性の違いにあります。Ekarのカセットは機械式ディレイラーのレバー比と強力なスプリングテンションに合わせて、変速ポイントが設計されています。一方、Super Record 13速のカセットは電子制御ディレイラーの極めて高速かつトルクフルな動きに合わせて、全く異なる歯先形状と変速ゲートの配置が採用されています。
Super Record 13速のシステムでEkarのカセットを使用しようとすると、変速ショックが大きくなったり、チェーンが歯飛びを起こしたり、最悪の場合はチェーン切断につながるリスクがあるとカンパニョーロは警告しています。したがって、Super Record 13速を使用する場合は、必ず専用カセットを使用する必要があります。
フレーム適合性とUDH対応
ユニバーサル・ディレイラー・ハンガーへの完全対応
Super Record 13速のリアディレイラーは、現代のフレーム設計に合わせてダイレクトマウントに対応しています。特に注目すべきは、SRAMが提唱し業界標準となりつつあるUDH(Universal Derailleur Hanger)への完全対応です。
UDH対応フレームを使用している場合、Super Record 13速のリアディレイラー(UDH対応モデル)を選択することで、ハンガーを介さずにディレイラーをフレームに直接固定することが可能になります。これにより、接合部の剛性が飛躍的に向上し、変速精度が安定するとともに、落車時のディレイラー破損リスクも軽減されます。従来のハンガーを使用するフレーム向けには、標準マウント仕様のディレイラーも用意されています。
なお、Super Record 13速プラットフォームはディスクブレーキ専用です。リムブレーキ版は存在せず、今後開発される予定もないと見られています。リムブレーキフレームを使用しているユーザーがSuper Record 13速を導入する手段はありません。
3種類のリアディレイラーによる拡張方法
Road、All-Road、Gravelの選択肢
Super Record 13速プラットフォームの真価は、ロード用パーツとグラベル用パーツをシームレスに混合できる点にあります。プラットフォームの性格を決定づけるのはリアディレイラーの選択であり、現在3種類がラインナップされています。
SR13 Roadリアディレイラーは、純粋なロードレースやヒルクライムに最適化されたモデルです。最大歯数は29Tで、クラッチ機構は搭載されておらず、変速スピードを最優先した最軽量の設計となっています。
SR13 All-Roadリアディレイラーは、エンデュランスロードや舗装路と未舗装路が混在するライドに対応するモデルです。最大歯数は36Tまで対応し、ナノ・クラッチを搭載しています。このナノ・クラッチはチェーン暴れを抑制しつつ、変速抵抗を最小限に抑えた設計となっており、フロントダブル構成での使用が可能です。
SR X(Gravel)リアディレイラーは、本格的なグラベルやアドベンチャーに向けたモデルです。最大歯数は48Tまで対応するロングケージ設計で、強力なナノ・クラッチを搭載しています。このモデルはフロントシングル専用設計となっています。
具体的な組み合わせ例とカスタマイズ
Super Record 13速プラットフォームでは、用途に応じた様々な組み合わせが可能です。
アルプス攻略を想定したロードバイク構成では、SR13 Roadレバーと SR13 All-Roadリアディレイラーを組み合わせ、フロントダブル45/29Tとリアカセット10-36Tを選択します。ロード用の操作性を維持しつつ、All-Roadディレイラーを採用することでリアに36Tという大きなギアを搭載可能になります。フロントインナー29Tと組み合わせればギア比0.80となり、激坂もシッティングでクリアできる構成となります。
高速グラベルレーサー構成では、SR13 RoadレバーとSR Xリアディレイラーを組み合わせ、フロントシングル40TとリアカセットのΩ10-48Tを選択します。いわゆるマレット構成で、ロードバイクと同じエアロなポジションと操作性を持ちながら、駆動系は完全なグラベル仕様となります。SR13レバーはSR Xディレイラーとネイティブにペアリング可能です。
既存Ekarユーザーの電動化では、フレームとホイール、クランクはEkarを流用し、SR13レバー、SR Xリアディレイラー、SR Xチェーン、SR Xカセットを新規購入します。Ekarのクランクは13速用チェーンリングを持っているため、SR Xシステムでも流用可能です。カセットは互換性がないためSR X用に交換が必要ですが、愛車を機械式から最新のワイヤレス電動グラベルバイクへと進化させることができます。
セットアップとメンテナンスの実際
MyCampy 3.0アプリによる簡単なペアリング
初期のワイヤレスコンポで見られたような複雑なペアリング手順は、Super Record 13速では大幅に簡素化されました。「MyCampy 3.0」アプリを使用したセットアップは極めて直感的です。
まず各パーツを軽く振って加速度センサーを起動させるとLEDが点滅します。次にスマートフォンでアプリを起動しBluetoothで接続します。アプリ画面上でフロントディレイラー、リアディレイラー、左右レバーを認識させ、一つのバイクシステムとして登録します。これにより独自の暗号化ネットワークが構築され、混信を防ぎます。
ディレイラーのトリム調整もアプリ画面上のスライダーで行えますが、走行中はレバーのボタン操作で「マイクロアジャストモード」に入り、0.1mm単位での微調整が可能となっています。
ブレーキフルードとメンテナンスツールの変更点
メカニックや自身で整備を行うユーザーにとって注意すべき点として、ブレーキフルードとブリーディングツールの変更があります。Super Record 13速および近年のカンパニョーロディスクブレーキは、従来の青色ミネラルオイルから、カンパニョーロ純正の赤色ミネラルオイル(LB-300)へと指定が変更されています。成分的には近いものの、耐熱性や潤滑性が最適化されているため、純正オイルの使用が強く推奨されます。
また、オイルレベルを調整するためのツールも変更されており、従来の赤いツールから青いツール(UT-DB-011)に変わりました。この青いツールは幅が10.48mmと厳密に規定されており、パッドクリアランスの最適化に不可欠です。旧型のツールを使用すると、ピストンの戻り量が不適切になり、ブレーキの引きずりやタッチの悪化を招く可能性があります。
バッテリーマネジメントと実用的な航続距離
バッテリーはフロントディレイラーとリアディレイラーにそれぞれ独立して装着されており、物理的な形状は同一で互換性があります。これにより、万が一リアのバッテリーが切れた場合、フロントのバッテリーを外してリアに装着し、変速機能を維持して帰宅するといった応急処置が可能です。
充電は専用のマグネット式ケーブルを使用し、バイクに装着したままでも取り外しても充電可能です。満充電からの走行可能距離は変速頻度によりますが、約750kmから1000kmとされています。SRAMのAXSバッテリーと比較してやや大型ですが、その分容量に余裕があり、頻繁な充電サイクルから解放されます。
競合製品との比較
シマノ Dura-Ace R9200 Di2との違い
変速スピードと精度においては、カタログスペック上Super Record 13速の変速スピードはDura-Aceを凌駕しています。特に多段変速時のチェーンの移動速度は圧倒的です。しかし、変速の滑らかさにおいてはシマノのHYPERGLIDE+技術が世界最高峰の評価を得ています。Super Record 13速は「ガツン」と決まるレーシングな感触、Dura-Aceは「ヌルッ」と決まるシームレスな感触という違いがあります。
重量面では、Super Record 13速システム全体の重量は約2,233gであり、Dura-Ace R9200 Di2の約2,435gと比較して約200g軽量です。13速化によるスプロケットやチェーンの重量増を、カーボン素材の多用やバッテリーの小型化で相殺し、さらに軽量化を果たしたエンジニアリングの成果といえます。
SRAM RED AXS E1との比較
ブレーキ性能に関しては、SRAMの新型RED E1もブレーキ性能を大幅に向上させましたが、カンパニョーロのブレーキタッチは依然として業界のベンチマークとされています。特に初期制動のコントロール性において、Super Record 13速は指先の微細な力加減をリニアに制動力へと変換する能力に優れています。
エコシステムの面では、SRAMはMTBコンポとのミックスにおいて豊富な選択肢を持っています。Super Record 13速もSR Xによってグラベル対応を果たしましたが、MTB用ディレイラーや10-52Tといった超ワイドレシオの選択肢ではSRAMに分があります。しかし、ロードバイクとしての純度やロード由来のQファクターを重視するグラベルレーサーにとっては、Super Record 13速の方がペダリングフィールに優れているという評価もあります。
価格と市場ポジション
Super Record 13速の価格設定は、前作12速ワイヤレスの反省を活かし、競合他社のフラッグシップモデルと真っ向から勝負できるレンジに調整されました。欧州価格で約4,300ユーロ前後、日本国内価格は為替変動によりますが70万円台からとなっています。依然として高価ではありますが、イタリア製であること、カーボンを多用していること、所有する喜びという付加価値に加え、13速という明確な機能的優位性が加わったことで、価格に見合う説得力を取り戻しています。
まとめ:カンパニョーロ Super Record 13速の導入を検討する際のポイント
カンパニョーロ Super Record 13速ワイヤレスプラットフォームは、伝統と革新のバランスを高い次元で再構築した製品です。サムシフターの復活は単なる懐古主義ではなく、人間工学に基づいた操作性の最適化であり、13速化はギア比の妥協を排除するための論理的な帰結でした。
既存のカンパニョーロユーザーにとっては、N3Wフリーボディへの対応やファームウェアによる旧レバーの救済措置など、資産を無駄にしない配慮がなされた理想的なアップグレードパスが用意されています。新規ユーザーにとっては、ロードからグラベルまでをカバーする統合プラットフォームとして、他社にはない魅力を持っています。
導入を検討する際は、まず使用しているホイールがN3Wフリーボディに対応しているかを確認することが重要です。また、フレームがディスクブレーキ対応かどうか、UDH対応かどうかも事前に確認しておくと、最適なディレイラー選択が可能になります。12速ワイヤレスユーザーであれば、まずレバーだけを13速に交換してサムシフターの恩恵を受け、その後段階的にディレイラーやカセットを13速化していくという段階的なアップグレードも有効な選択肢となります。


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