ロードバイクヘルメット選びにおいて、最近よく耳にするようになった「MIPS技術」。この革新的な安全システムが注目される理由は、従来のヘルメットでは対応しきれなかった脳損傷リスクを大幅に軽減できるからです。サイクリング中の転倒事故では、頭部に直接的な衝撃だけでなく、回転運動による複雑な力が加わります。特に時速30~50kmでの走行中の事故では、この回転力が脳に深刻なダメージを与える可能性があります。
MIPS(Multi-directional Impact Protection System)は、スウェーデンの神経外科医と研究者によって開発された先進技術で、実際の脳損傷メカニズムの研究から生まれました。現在では世界中のプロサイクリストから一般愛好家まで幅広く使用され、Virginia Tech安全テストでは上位ランキングの大部分をMIPS搭載モデルが独占しています。この記事では、MIPS技術の効果と従来ヘルメットとの違いについて、科学的データと実際の使用感の両面から詳しく解説します。

ロードバイクヘルメットのMIPS技術とは何ですか?従来のヘルメットとの基本的な違いを教えてください
MIPS(Multi-directional Impact Protection System)は「多方向衝撃保護システム」と呼ばれる先進的な安全技術です。従来のヘルメットが主に直接的な衝撃に対応していたのに対し、MIPS技術は転倒時に頭部が受ける斜めからの衝撃や回転運動に特化した保護システムを提供します。
MIPS システムの核心部分は、ヘルメットの内部に組み込まれた低摩擦レイヤーです。このレイヤーはシリコンで繋がれており、外部から衝撃が加わって回転運動が生じた際、レイヤーが滑るように動いて衝撃を分散させます。この仕組みはビルの免震構造と似た働きをしており、ライナーと内装パッドの間に挿入された特殊な構造によって実現されています。
従来のヘルメットとの最大の違いは、回転加速度による脳への負荷を最大40%まで減少させることができる点です。サイクリング中の転倒では、頭部は単純に落下するのではなく、複雑な回転運動を伴いながら地面や障害物に衝突します。この時、従来のEPS(発泡ポリスチレン)フォームだけでは吸収しきれない回転力が、直接脳に伝わってしまいます。
MIPS技術が特に効果を発揮するのは、時速15~25km程度の日常的なサイクリングにおいてです。一見すると低速に思えますが、この速度域での転倒でも頭部への回転力は相当なものとなり、脳震盪などの深刻な怪我のリスクが存在します。MIPS レイヤーは衝撃時に10-15mm程度スライドし、この微細な動きが頭部に伝わる回転力を効果的に分散させるのです。
MIPS搭載ヘルメットは本当に効果があるのですか?安全性の向上はどの程度期待できますか?
Virginia Tech安全テストの結果が、MIPS技術の効果を明確に実証しています。この独立した研究機関による2024年の評価では、最高ランキングの上位13位までのヘルメットが、すべてMIPS脳保護システムを搭載していることが判明しました。これは偶然ではなく、科学的根拠に基づいた実効性の証明といえるでしょう。
Virginia Techヘルメットラボは、道路安全保険研究所と共同でSTAR評価システムを使用してヘルメットをテストしています。この評価は15年以上にわたる頭部衝撃の研究を基に開発され、ヘルメット製造業者からの資金や影響を一切受けない100%独立した評価として高い信頼性を持っています。
具体的な効果として、脳震盪リスクの大幅な軽減が挙げられます。4つ星と5つ星の評価を受けたヘルメットは、様々な衝撃に対して頭部の直線加速度と回転速度を効果的に減少させることが実証されています。特に注目すべきは、Sweet Protection社のFalconer 2Vi Mipsヘルメットが約200台のテスト対象中で総合2位という優秀な成績を収め、5つ星評価を獲得していることです。
実際の使用環境における効果も重要なポイントです。プロサイクリングチームの装備選択では、2024年シーズンからヴィスマ リースアバイクチームが新たにGIROとパートナーシップを組み、GIROのARIES Spherical(アリーズ・スフェリカル)を採用しました。このヘルメットはVirginia Techテストで最高記録を達成し、全テスト対象中でナンバーワンの安全性を実証しています。
効果の程度については、回転力による衝撃を最大40%軽減というデータがありますが、これは実験室条件での測定値です。実際の事故では状況が複雑で予測困難なため、MIPS技術は完全な安全を保証するものではありません。しかし、従来のヘルメットと比較して脳損傷リスクを大幅に軽減する技術として、その価値は科学的に証明されています。
MIPS搭載ヘルメットと従来ヘルメットの具体的な違いは?重量や価格への影響はありますか?
構造面での最も大きな違いは、低摩擦レイヤーの追加です。従来のヘルメットがEPS(発泡ポリスチレン)フォームによる衝撃吸収が主体だったのに対し、MIPS搭載ヘルメットにはライナーと内装パッドの間に特殊なフィルム状構造が組み込まれています。この追加レイヤーにより、衝撃時にヘルメットが頭部に対して相対的にスライドし、回転力を分散させる仕組みが実現されています。
重量への影響は比較的軽微で、MIPSシステムの追加により約20~50グラム程度の重量増加があります。最新のMIPS技術では軽量化が進んでおり、ハイエンドモデルでは200~280グラム程度の軽量性を維持しながらMIPS機能を搭載することが可能になっています。例えば、エントリーレベルでは300~400グラム、ミドルレンジでは250~350グラム程度となっており、使用感への影響は最小限に抑えられています。
価格面では、MIPS搭載モデルは従来モデルより3,000円~10,000円程度高価になる傾向があります。価格帯別に見ると、エントリーレベル(15,000円~25,000円)でもMIPS機能を搭載したモデルが選択可能で、基本的な安全機能は十分に備わっています。ミドルレンジ(25,000円~40,000円)では軽量化と通気性の向上が図られ、ハイエンドモデル(40,000円以上)では最新のMIPS技術と空力性能の最適化が実現されています。
通気性への影響も重要な考慮事項です。MIPS レイヤーの追加により通気性に影響を与える可能性がありましたが、最新のMIPS対応ヘルメットでは、この問題を解決するための工夫が施されています。特に日本の高温多湿な気候条件を考慮して、ベンチレーション(通気口)の数と配置が最適化されたモデルが開発されています。
フィット感の違いも見逃せないポイントです。MIPS レイヤーが追加されることにより、従来のヘルメットと比較してサイズ感が若干異なる場合があります。そのため、MIPS非搭載ヘルメットのサイズを参考にする際も、実際の試着は必須となります。特に長時間の使用を前提とする場合、わずかなサイズの違いが快適性に大きく影響することがあります。
2024年最新のMIPS技術の進歩と主要ブランドの特徴を教えてください
2024年における最大の技術革新は、Spherical技術の普及です。従来のシリコンパッド方式に加えて、2つの独立したライナーを組み合わせることで、より自然で効果的な回転力分散を実現する技術が登場しました。GIROのARIES Sphericalは、この革新的技術を搭載した代表的なモデルで、Virginia Techテストで全ヘルメット中最高記録を達成しています。
GIRO(ジロ)は2024年最も注目されるブランドです。ヴィスマ リースアバイクチームとの新パートナーシップにより、プロレーシングシーンでの実績を積み重ねています。ECLIPSE SPHERICAL AFは、従来のエアロヘルメットの弱点である冷却効果の問題を解決しながら、突き抜けたエアロ効果も実現した「いいところ取り」のヘルメットとして開発されています。また、アジアンフィットモデルのラインナップが最も豊富で、日本人サイクリストに適した選択肢を多数提供しています。
Bell(ベル)の特徴は「第2世代統合型MIPS技術」の開発です。従来のシステムから大幅な改良が加えられ、MIPSシステムとバックルが一体化された設計が採用されました。パッドも直接MIPS構造部分に取り付けられるように改良され、従来モデルと比較して軽量化と着用時のフィット感が大幅に向上しています。MIPS レイヤーがヘルメット全体の構造により深く統合され、後付け的な印象を排除した自然な着用感を実現しています。
Specialized(スペシャライズド)は、スマート安全システムの統合で差別化を図っています。AMBUSH WITH ANGIモデルには、ヘルメット後部に取り付けられた高精度センサーが搭載され、転倒時の衝撃を自動的に検知します。専用アプリケーションを通じて緊急連絡先に自動通知される仕組みが実装されており、MIPS による物理的保護に加えて、事故後の迅速な救助活動をサポートする画期的なシステムです。
Virginia Tech評価で高ランクを獲得したモデルも注目すべきです。MET Downtown MIPSヘルメットは5つ星評価を獲得し、Sweet Protection社のBushwhacker 2Vi® Mipsヘルメットは総合8位、Trailblazer Mipsヘルメットは総合5位で、いずれも5つ星評価を得ています。これらの結果は、MIPSブランドパートナーの技術力の高さを証明しており、Bontrager、Bern、Bell、Specialized、Giro、Lazer、Louis Garneau、Smith、Scott、Rudy Projectなど、各メーカーがMIPS技術の有効性を認めて採用していることがわかります。
MIPS搭載ヘルメットの正しい選び方は?価格帯別のおすすめポイントを教えてください
最も重要なのは正確なサイズ測定とフィッティングです。頭囲の測定は、額の最も出っ張った部分から後頭部の最も突出している部分にかけて、頭部を水平に一周した長さを測定します。MIPS レイヤーが追加されることにより、従来のヘルメットと比較してサイズ感が若干異なるため、実際の試着は必須となります。
アジアンフィットモデルの選択が重要です。アジア系の頭部は上から見た時により丸い形状を持ち、前後の長さに対して左右の幅が相対的に広い特徴があります。欧米ブランドでも「アジアンフィット」モデルが用意されており、この形状的特徴に合わせて内装パッドの配置や形状が最適化されています。
エントリーレベル(15,000円~25,000円)では、GIRO AGILIS MIPSが特に推奨されます。すっきりとしたシルエットとユニバーサルフィット技術により、アジア系の頭部形状でも快適な着用感を実現しています。同価格帯ではLAZER CHIRU MIPSも優れた選択肢で、街乗りからスポーツサイクリングまで幅広い用途に対応し、デザイン性と実用性のバランスに優れています。
ミドルレンジ(25,000円~40,000円)では、GIRO SYNTAX MIPS AFが最適です。軽量性と通気性、高い安全性を兼ね備えたオールラウンダーとして設計されており、長時間のライディングにも適した快適性を提供します。また、Bontrager VELOCIS MIPS ASIA FIT ROAD HELMETも25,520円(税込)という価格設定で、確実なMIPS機能とアジアンフィット仕様を提供する優秀な選択肢です。
ハイエンドモデル(40,000円以上)では、GIROのECLIPSE SPHERICAL AFやSpecializedのAMBUSH WITH ANGIが革新的な選択肢となります。前者はエアロダイナミクス、快適性、安全性の全てを高次元で融合し、後者は転倒検知システムを統合した画期的なヘルメットです。プロレーサーレベルの性能を求める場合に選択されます。
日本人特有の頭部形状に悩む場合は、KABUTO(カブト)ブランドが特殊な位置を占めています。完全に日本人の頭部形状データに基づいて設計されており、特に横幅が広い頭部形状の方にとって最適なフィット感を提供します。欧米ブランドのアジアンフィットモデルとも異なる独自のアプローチを採用しています。
長期的な視点での選択も重要です。ヘルメットの推奨交換時期は約3年で、紫外線、汗、温度変化などにより衝撃吸収性能が徐々に低下します。また、一度でも強い衝撃を受けたヘルメットは、外見上に損傷が見られなくても交換が必要です。MIPS レイヤーは特に繊細な構造のため、定期的な交換を前提とした投資計画を立てることが賢明です。
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